魚豊のどれが海外に届くのか — 3作を日本語で読んだ立場から
『チ。-地球の運動について-』はアニメになり、英語圏に届いた。魚豊の他の完結作2本は届いていない。どちらも英語版がない。
3作とも日本語で読んだ。読んだ上で言うと、この3本が海外で同じように受け止められるとは思わない。「同じ作者だから」という一言が、実際にはかなり多くのことを覆い隠している。
ひゃくえむ。— 全5巻・完結
デビュー作。100m走の話で、普段どんな漫画を読む人にでも渡せるのはこれだと思う。題材が他の2本と違って普遍的だからだ。誰よりも速く走ること、そして「速いこと」だけで自分ができている人間がどうなるか。前提知識がいらない。
存在しかけなかった経緯も知っておく価値がある。マガジンポケットで連載されたが当時そこではスポーツ漫画が振るわず、PV数が伸びず、2019年3月に単行本を出さないことが決まった。魚豊がそれを投稿し、読者が反応し、評価数が伸びて決定がひっくり返った。数年後にアニメ映画になった。
3本のうち一番広く届きそうな作品が、数字の上では一度切り捨てられていた。
チ。-地球の運動について- — 届いた1本
これは説明不要。もう観られる。
ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ — 全4巻・完結
ここは推薦ではなく、留保をつけたい。
陰謀論の話だ。正確には、そこに流れ込んでいく青年の話。魚豊のやり方で面白いのは、信じる側を嘲笑しないことだ。彼らを別種の人間としてではなく自分たちと地続きの存在として描きたかったと語っていて、ワクチンや実在の政党名といった現実の社会情勢をあえて避けている。特定の説を論破することではなく、信じてしまう条件のほうに関心があったからだ。
強い設定だと思う。ただ引っかかるのは、手触りがかなり日本的なことだ。描かれる陰謀論シーンの空気、主人公が置かれている社会的な圧、セミナー文化の形。あれが文脈なしでどこまで読めるのか、正直わからない。届くかもしれない。本当にわからない。3本の中で反応が割れそうなのはこれだ。
結論
『チ。』が良くてもう1本読みたいなら、迷わず『ひゃくえむ。』。短いし、完結しているし、こちらに何も要求してこない。
『チ。』の何が良かったかというと、あの作品が何を争点にしていたか——信じること、証拠、人が手放さないもの——だったのなら、近いのは『FACT』のほうで、言語の壁がその代償になる。
どちらも今のところ日本語のみ。『チ。』だけが英語で読めるのは、ライセンスの偶然であって、他の2本への評価ではない。